「ほうしょう栽培」

昭和22年に台湾から種子を持ち帰り、開聞岳の麓 (現:香料園) で栽培が始まった芳樟ですが、最盛期には組合も発足しました。その際に会員に配られた資料です。この「ほうしょう生産組合」は昭和38年に発足しました。鹿児島県林務部林産課の協力もあり、農家経済の安定・向上のために芳樟の栽培技術についての指導援助を行ったり、優良苗の育成、蒸留施設の設置の援助などが盛り込まれました。

そして曽田香料と売買契約を結び、芳樟の育苗、栽培、蒸留と指導を受けながら精油の抽出を行いました。当時の芳樟の契約農家は、開聞町だけでなく、指宿、喜入、頴娃、知覧、枕崎、中種子と広範囲に渡りました。当時、芳樟がいかに重要な鹿児島県の主要作物だったかということが分かります。

しかし残念ながら、合成香料の隆盛と共に組合も解散。必要なくなった芳樟は伐採されたり、開聞農場に返却されたりし、精油の抽出も終焉します。衰退産業となった天然香料産業ですが、昭和40年代までは日本の天然香料は世界へ輸出されており、特に芳樟 (リナロール) は需要が多く年間5-6トンの精油を抽出していました。

そんな国産の天然香料の礎を築いたのは、曽田香料創始者である曽田政治氏(写真)ではないでしょうか。国産の精油が復活しつつある今の時代を曽田さんはどのようにご覧になっているのか、お話を伺ってみたいですね。と言っても、お会いすることは叶いませんが・・・。

文 : 宮崎 利樹 / 開聞山麓香料園 副園長

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